守破離::1Q59

幸福とはココロの状態にある

入社試験

机の上の履歴書用紙をめくってください。
水性ペンか油性ペンのどちらかで記入お願いします。
誕生日だけ日付をいれて、あとは分かる範囲で結構です。
水性ペンだと筆圧がすくなくてスラスラ書けますよ〜。

「あの。スマホ使ってもいいですか」

申し訳ない。そればかりはできません。
あらかじめ履歴書を作成するのはごく一般的。
この場で書いてもらうのがこだわりなんです。
それに市販履歴書フォーマットでは無意味。

字を間違ったら横線を引いてもいいし、黒塗りでつぶしたり
なにより文章の文法が整っていればOK。

仕事上では手書き文字を使う場面はありません。
字の上手い下手を見るためじゃなくてパソコンソフトの
メモ帳だと操作に慣れるのに時間かかる。
それで手書きにしただけです。

こういうのって普段から文字を手書きしてる人には
有利に働くのでキーボードオンリーさんにはごめんなさい。
忘れた漢字は無理せずに平仮名かカタカナでお願いします。

わたしなんて、いざ漢字を書こうとしても誤字ばかり。
ここの試験に受かったのは奇跡。皆目見当がつきません。
リラックスしてゆっくり記入してください。

リクルートスーツみたいなよそゆきモードは
この会社ではご法度。
だから皆さんに普段着で来てもらいました。
緊張してるといい仕事できないし、ろくなことにならない。

次に「好きなもの&嫌いなもの」を書いてもらいます。
思いつくだけ箇条書きにアップしてください。

わたしの場合、何を書くかすこし悩みました。
趣味にしようか食べ物にしようか政治とか。
政治なんていっても現政権で覚えてるのは総理ひとり。
ほかは閣僚なんてぜんぜん無知。
ここだけの話しなんですがね。
一度も投票所に足を運んだことなくて、投票の仕方さえ未経験。

この試験項目はオマケというと怒られそうですが、
三時のおやつ感覚なのかもしれない。
とにかく数で勝負した。チャンポンのごった煮。

あ。すみません。試験監督なのに。訂正します。
しっかり記入してください。
せっかく来て頂いた方々になんてことを。謝ります。
つぎは「作文」です。これが一番の難関だとおもいます。

冒頭で、スマホの質問が出ましたね。
インターネットのおかげで知のあり方は激変。
情報パンドラの箱が開かれてしまった。
これってとんでもないことなんです。
知らないことはササッと検索すればいい。

ジャストインタイム。

なにが重要になるかといえば、これから書いてもらう作文。
つぎにホワイトボードでの発表。もうひとつ会話術。
検索だけで得られることはどうでもいい。
誰でもがどこでも取り出せる情報消費は低価値。
われわれに必要な条件は、生身の人間臭さ。

そうそう。
お昼にお弁当が出ますよ〜。
持参してきたひとは持ち帰るなりしてください。
ちゃんと20人分用意してあります。
そんなのいらないって方。わたしが貰いますからね。
夕食代が浮くので助かります。

「となりには用水路が二本」
「昼休みに釣りができますね」
「あれは空港のレーダーですか!?」
「畑と公園に囲まれて静か」

釣り道具はロッカーに入ってますよ。
もしも入社なされたら一緒に釣り糸を垂れましょう。
赤いレーダー。
目の前だから気になりますか。
周囲はなにもないですが、旅客機が発着するから
ながめてると頭と目の休息になります。

午後はグループ面接。
さきほどの筆記試験から5人ほどに絞られます。
あなたはたぶん一次試験は通るとおもいます。
面接で気にいられれば見事合格。

あなたは社長になりたいですか!?。

「考えたことありません」
「なぜですか」

好きなことを個別にあげてもらいましたよね。
それにいちばん好きなものを作文にしたためた。
この会社はキャリアパスが高速。
あなたの好きな業種業態。といってもやれることは
制限ありますがね。

三年ルールというのが特徴。

ここのグループとして起業しなくてはならない。
会社は全面的に応援します。
軌道に乗ればあなたは一国一城の主。
ヤル気ある人にとって渡りに船なんですよ。

例えば、「ラーメン屋」になりたいとします。
個人店のおやじさんではなく、最初から全国展開が目標。
経営手法を身につけて従業員を牽引するという
トータルマネージメントがなにより求められる。

「たった三年で社長とは」
「うむむ」
「自分のような未熟者でいいんですかね」

大丈夫。というかあなた次第。
とんでもない発想の会社だと思いませんか。
やることなすこと新鮮できっとビックリします。
もうすぐ13時ですね。

この時期になればハゼがあがってくる。
けっこう釣果はあるんだなあ。

昼休み終了のチャイム。

自由に着席してください。
席が円になってるのは理由があります。
ひとりずつ順番にスピーチしてもらって、ひとりが終わったら
誰かを指さしてスピーチの感想や質問をしてもらいます。
そしてスピーチした人が結果を返す。フィードバックするのは全部でふたり。
ひとりのスピーチに対してふたりから意見を述べてもらうわけです。

まずはウォーミングアップをかねて試験監督さん。
履歴の披露をお願いします。

さきほどはありがとうございました。
この会社に入る前は、このようなのどかな場所ではなくて
都会のオフィスビルで仕事に従事しておりました。
勤務時間は9時から18時まで。昼は一時間の休憩。

ごく普通のように感じられますが、実際は8時半ぐらいから
19時半ぐらいまでがデフォルト。それで帰れればよい方。
帰れる雰囲気ではない。ほとんど居残りなんです。
「お疲れ様で〜す」って。20時ぐらいに帰社するだけ
でクタクタ疲れてしまう。ようするに同僚や上司の顔色を
みないといけない。これに加えて。

大雪でわずか10分ほど遅刻しただけで嫌味を言われる。
勤怠表と予定実績統計表が数分ちがっていても嫌味。
個人ロッカーに施錠しなくて怒られた。空っぽなのに。
いちいち個人ロッカーに鍵がかかってるかチェックして
まわる係がいるんです。信じられますか。

仕事机にしても席を立つときは必ず施錠。
帰り際には施錠されてるか隣りの同僚にチェック依頼。
中学生の風紀委員でさえ、そこまでしませんよね。

ことごとく減点主義の組織。
ちょっとした新規提案などはもってのほか。
わたしの意見など聞き入れてもらえません。
目が虚ろなひとばかりでした。

それで体を壊してしまい退社。
数年ものあいだ、IT技術を自分なりに学習。
すこしは誰かの役に立てる自信がついた。

この会社は前歴などは一切問いません。
勤務時間よりも実質優先。やることをやれば
となりの川で釣りをしようが散歩に出かけようが自由。
とにかく居心地がよさそうな点に惹かれました。

心配なところは倒産したら行くところがなくなってしまう。
そうならないように貢献しなくていけません。

ちなみに最近は8時50分に出社。帰社は17時40分。
電車通勤なので明るいうちは、会社の食堂か庭で
同僚と缶ビールで乾杯してから駅にむかいます。
以上。簡単ではありますが。
パチパチ。拍手。

はい。誰か指名してください。

「お気持ちは察します」
「小さい企業でも入退室カードが必要」
「トイレに行くのさえ、いちいちカードスキャン」
「手間ばかり」
「セキュリティー系企業だけ儲かる」

ほんとに危ない奴の侵入は阻止不能。
出入り口から誰か出てきたときを見計らって入れる。
幸い。この会社は人力セキュリティーは充実。
派遣みたいな他社アウトソーソングの人はゼロ。
いつでも従業員の目が行き届いている。

でもあれだね。

犬猫が数匹ウロウロしてるでしょう。
従業員はペット持ち込みして構わない。
それに野良猫まで侵入してエサをかっぱらう。
侵入者に寛大なんだなあ。

「ハハハ」
「すごく気になってたんですよ」
「なんでワンニャンがいるのかって」

もちろん、子息を連れてきてもいい。
ジジババでもね。
おかしな会社でしょう。
ここには直接顧客が訪れないから特別気にしなくていい。
顧客などの外部インターフェースはネット経由。

「へんな会社」のつくり方 (NT2X)

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