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守破離::1Q59

幸福とはココロの状態にある

ロビン・ウィリアムズとうつ病

こんにちわです。

俳優ロビン・ウィリアムズは大好きなだけに最期が悔やまれる。他の俳優さんの演技と資質がことなっているというか、コメディアスなんだけどシリアスで本心なのか偽心なのかはかりかねるところがあった。そこが魅力のうちなのだが、演技では出せない味が前面にあらわれていた。演技と地が渾然一体のたまものといえる。

彼がなくなる直前。

映画「余命90分の男」を鑑賞したばかりで、そのあとすぐに物故の知らせを目にした。なんとも彼らしいラスト。自死にとりつかれてしまった毒舌男を描いた作品とは・・・現実の死の予兆をおもわせる。天才肌の人間は虚構の領域が広いから現実との境目があいまい。狂気にむしばまれているわけでなく正気のままであの世へ旅立つのか、それとも生きる気力を失ってつらい闘病から逃れるために死を選択するのか、いろいろ心のうちはぐちゃぐちゃに乱れて本人とて不明なのかもしれない。

ショービジネス世界の大スターで誰からも愛される俳優でかつコメディアン。

裏側の私生活では心の病に苦しんでいた。米国スターがかかえるストレスは並大抵じゃないから麻薬やアルコールにおぼれたりするのはめずらしいことではない。

ハフィントンポストの記事

www.huffingtonpost.jp

 

  • うつ病には遺伝的な要因がある
  • うつ病は身体的な疾患でもある
  • 今も新しい効果的な治療法が発見されている
  • うつ病は稀な疾患ではない
  • うつ病は仕事にも深刻な影響を与える
  • うつ病は誰もがかかる可能性がある
  • うつ病には大きな偏見がある
  • 多くの人はうつ病にかかっていることを周りに言えない
  • うつ病がその人を定義するわけではない
  • 最悪のケースでは、うつ病は自殺にもつながりかねない

 

どれもうなずける項目ばかりです。

生活環境などのストレスによって神経細胞になんらかのダメージをほどこす。もって生まれた遺伝子の影響の場合はどうにもならない面がある。アルツハイマーのように避けられない運命。

中枢神経への物理的ダメージのせいで精神障害が発生するとすればやっかいだ。できるだけ早期にストレス要素を排除する必要がある。でも、なんらかの事情でストレス環境から脱出するのは不可能な場合がある。本人のこころがストレス要因を生成してることだって多い。

不幸にしてうつ病にかかってしまった場合。

どう対処すればいいのやら。なにせ初めてなので悩むし、不安におちいる。ほんとうの意味のうつ病なのか、ただの一過性のうつ状態なのか。慢性うつ病に移行するのはどうしても食い止めたい。ネット検索してプロパーであるドクターの意見や患者さんの体験記などを探してチェックしてみる。便利な世の中になったもので、インターネット以前は調べるには関連書籍を買い求めるしかなかった。身近に経験者がいても面と向かって直接、質問するわけにはいかないし、回答者の答えが自分の病に適応できるとも限らない。

ひとくちにうつ病とくくるのは乱暴で早計。
うつ病だってバリエーションがあるだろう。

自分の病状は本人がいちばん心得てる。

ネット記事を読めば読むほど深みにはまる。うつ病という泥沼に足をすくわれ抜け出せなくなる。頭の中がうつ病にかかわる情報であふれてしまう。こういうのは一番困る。まっさきにやるべきはストレス軽減の方法の即時実行。ぼうだいな情報にふりまわされることではない。これでは治るものさえ治らなくなる。

情報弱者なる言葉があるようだが、情報に頼れば頼るほどに情報検索に費やす時間が増えて、いつのまにか本末転倒になる。あまたのなかで同じ情報がぐるぐるリピート。それだけは避けたい。あまり考えすぎるとかえって病状は固定化するとおもう。おちついて冷静になっていったんリセット。時間をあけて空気をいれかえて考えよう。うつ病でパンパンに膨らんだあたまではどうしようもない。

精神科から処方されたクスリに関わる記事。

おそらくだが、万能薬なるものはなくて、自分にあった薬とてあるかどうか。皆さんが気にしてる点。ほんとになあ。医者だってよくわからないかもしれない。効いてるか効いてないかは患者の訴えから判断して、効かなければ他を投薬しての繰り返し。こればかりは仕方ない。

「効き目良好で軽快すればよし」
「完治すれば大ラッキー」

精神の病いはやっかいきわまりない。治ったとおもっても再発しやすいともいわれる。こころの問題なのか中枢神経細胞の問題なのか。両方が関与してるのか。ソフトウェアとハードウェアが分離されているコンピューターとはまったく違う。プログラムのバグがハードに直接影響することは皆無に近いが、人間の脳は心の不具合によっては神経を直接にも間接にも摩耗させる。

身体だって同じ姿勢をながく続けていると血行不良を起こす。精神だって同じ内容をいつまでもぐずぐず考えているとまずい。状態が居着いてしまい病気をひきおこす。

「どうにかして息抜きしたい」

笑いや遊びや趣味や娯楽やスポーツ。もろもろで健康を保つのだが、こころに余裕がなくてやりたくてもできない状態がうつ病。どうすればいいのか。誰か助け船を出してくれる人はいないものだろうか。大人なんだから自分の始末は自分でつけるしかない。そんなのはわかりきってる。けどさあ。

自然治癒はべつですが、完治するタイプと完治しないタイプではどこらへんに差があるんだろうか。なるべく早めに医者にかかって、かかった医者の投薬が効力を発揮して治ったのがハッピーケース。投薬以外に心療内科みたいなところでカウンセリングしてもらったら治った。完治原因もさまざまあろう。

じゃあ。

「治らない」原因はどこらあたりにあるのか!?。

遺伝子のせいで発症したばあいを除いて、ちゃんと医者の指示をまもって服薬してるにもかかわらず症状が強弱変動するので、病院を変えてみても似たりよったり。遺伝子を除いてといったが、遺伝子に問題があるかどうか日本の医療機関で検査できるのかな。

検査できないとしたら、遺伝子に問題があるか、それとも神経に傷がついてしまって対症療法の投薬ではどうにもならないケースも考えられる。神経細胞はほとんど修復しないというからね。MRIとかでは細胞の細かな状態を観察するのは無理。検査で判断ついても治療法はないかもしれない。それでも脳に関して解明されているのはわずかといっていい。信じればいつか奇跡はおこってもおかしくない。どうにかしたい気持ちとアクションがなにより大切。

かなり前にNHK放映された番組のなかで、米国の精神科医だかが聞き捨てならないことを語った。精神疾患者は認知症になりやすいという。わたしの母は、ながいことウツを患い向精神薬を服用。家から外にでなくなっていつのまにか認知症発症。同時期に引っ越して公立病院に転院。そしたら外出するのが平気になって顔つきまでおだやかに変化。どれぐらいの比率でうつ病から認知症になるのかわからないが、ある年齢にたっすると変移しやすいのかもしれません。もちろん、軽度のうつ病は心配ないとおもいます。

認知症になれば、ご本人のつらさは解放されるが、介護する側につらさがまわってくる。でもまあ、それもまた誰のせいでもないのだから、介護する側だって受けいれるしかない。介護施設に預けるのか自宅介護するのか。どちらがベストというわけではない。


とにもかくにもウツ歴が長くなればいわゆる普通を諦める

www.sayulog.com


わたし自身は「普通」という言葉は、めったに使用しないが、世間には普通にとらわれている人たちがそうとう数にのぼるのかもしれない。とくに年配者は普通や健康や経済が人としてすべてだと考えていて、人の目をとにかく気にする。世間体というやつである。ひとからどう思われているかいつも気をもんでる。だから「嫌われる勇気」みたいな本が話題になる。読んでませんけど。

でもね。

普通っぽい人の話を聞いてみると、ほとんどの人はユニークな知見がなくて受け売りやハウツウやウンチクばかり。狭い好奇心のなかで生きてる。どこそこの飲食店のなになにが安くてうまいとか、だれだれさんはこういう人なんだってさ。みたいな噂とか。世間話と井戸端会議に交れるかどうかが重大な関心事。

「そのまま行ければ、もっとも幸福な状態なんですね」
「そういう人間に戻りたい」

普通人とは、ありきたりの会話しかできないし、普通の生活とはありきたりの会話で成り立っている。ありきたりでない話をすると難しくてめんどうな人だと思われる。だからあえてありきたりでない話をしたい時でも回避してしまう。おかしな会話になりそうだと話題を変える。普通人は話題チャンジの能力にたけている。その場その場にふさわしい会話なのか察知して、可もなく不可もない程度の話に丸める。雑談上手というやつである。

ありきたりでない会話をする相手は、家族または親友。

家族には本心を言いたい放題ならべてたてても問題ない。家族とは愚痴や悪口や弱音を聞いてもらえる場所なのである。夫婦なのに本音を話せないとしたら家族とはいえない。もしも建前しか言えない夫婦だとしたらすぐ別れるべきだろう。家族とは自分自身の分身のようなものだから、建前で自分をガードしてるとすれば、他人にすぎない。

いやなことがあったときに「あいつはほんとにクズ野郎」なんて語った際に賛成してくれなかったら困る。ふりあげた拳の出番がなくなる。同意してもらいたいから話をきりだしたのに否定されたら立場がない。

ニンゲンって不思議なものですね。歌謡曲じゃありませんが。

鬱病になりそうな時
鬱病になってしまった時

かたわらに心を許せる大事な人がいるのといないのでは大きい。

あくまで推測ですが、ロビン・ウィリアムズは互いに心を許しあえるパートナーは存在しなかったようにおもう。愛するひとがいれば、愛するひとを悲しませるようなことをするタイプではなかったはず。でもなあ。なにをしでかすかナゾなのが人間。発作的な凶行だってありえる。

「反面教師にしなくちゃね」