読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ミニマリスト

猫のつぶやき :: 生きてるだけで尊くありがたい

温泉アイデンティティー

創作

開いた窓から土壁がのぞいて西日が射してる。
となりは蔵なんだろうかねえ。
あれってカラス瓜。干からびてる。
紅葉した土蔵のツタをながめながら入浴。
贅沢。

湯船が柔らかい木製で、もうちょい暗めであればいうことない。
それにお湯の温度調節。熱い。
温泉は長風呂になるのでヌルめがベスト。
飯坂温泉鯖湖湯。

立ち寄り湯は複数あるがどこの湯船も熱い。
冬ならばちょうどいいかもしれない。
飯坂に宿泊したのは二回ほど。
可もなく不可もなくといったところだが、
温泉地そのものの雰囲気がよくて散策するにはもってこい。
時間が止まったようで温泉街はこうでなくっちゃねえ。

「行こか松島や。帰ろうか東京」。とかいう飯坂小唄。
お酒が入って気分がよくなると父の口からこぼれる。
きっと団体旅行で訪れた際にバスガイドさんあたりが
歌ったので覚えたのであろう。

老後に住むとしたらナイススポット。
福島県立美術館は近いし、付近は温泉と果樹園だらけ。
イントネーションがフラットなのは福島県人の特徴。
この温泉地出身の女性と付き合ったことがある。
くだけたやつで話上手なのだが、どうも尻にしかれそう。
主導権をうばわれかねない。
姉さん女房系がいいという男性には福島女はぴったり。
なんていっても事実無根かもしれない。
あくまで自分の抱いた印象。

仙台から鈍行電車で福島駅まで約一時間。
福島駅から飯坂電車に乗り換えて終点下車。
宿泊するなら車よりも電車のほうに軍配があがる。
車だとドアツウドアで便利すぎて味気ない。

晩秋はセンチメンタル。ほんのり「最後の一葉」の作者気分。
そこまで繊細じゃないけれどねえ。
いつなんどき危機がやってこないとも限らない。
取越し苦労は体によくない。 気持ちを切り替えよう。

飯坂をあとにしてつぎの温泉地へ。

フルーツラインはリンゴ真っ盛り。
果樹園が随所にあるのでわかり易い名前がついた。
もぎたて。しかも安い。
スーパーで売ってるのとは格段の差。フレッシュ。
林檎はなんぼ食っても飽きないけど酸味あるのが好み。
甘いだけの種類は苦手。

本道からすこし山に入ったひなびた温泉。

なんと茅葺きの一軒宿。
場所からすれば秘湯ではないが、建物自体は秘湯に値する。
アンティークな温泉旅館が点在するのはナイス。
立派な現代風の建物ではおもしろくもなんともない。

昭和レトロ気分を満喫できるのがいいんだ。
ここは昭和以前の造り。茅葺きというのがすごい。
経営者はよっぽどの頑固者。
いまのうちに体験しておかないとそのうち消えてしまう。
古い旅館はつぎつぎ消滅してる。

体験して何になるかといえば、なんにもならない。
なんにもならないのだが、例えば、玄関の引き戸をガラガラ
いわせてなかに入るときの感覚。
アルミサッシでは味わえないガラガラ音。
それだけではるばる訪れたかいがある。

とはいえ、こういう秘湯民宿のサービスはローレベル。
一般旅館のような笑顔や料理は期待できない。
建物の雰囲気に酔いしれるだけにしてください。
山小屋に宿泊したとおもえばいい。

浴場は木なので肌触りは柔らかでけっこうなのだが、
こちらのお湯はヌルイ。湯量豊富で目に効能があるらしい。
透明なお湯で目を洗ってるお客さんがいる。
冷泉だから仕方ないけど、これだと体が冷えちゃう。

昼だというのに薄暗くていかにも秘湯旅情。
昔は、湯治場だったにちがいない。
眼病を患ったひとが食料を持参して長逗留。
冬は積雪のために閉鎖らしい。春から秋まで営業。

天然温泉は自然の恵み。
肩まで湯につかってほのぼの。
脳裏にいろんなことが去来する。

温泉バカになったのはJR青春18切符を知ったせい。
一枚につき鈍行列車が一日乗り放題。五枚つづり。
車窓の景色をのんびり愛でながら乗り継ぎ旅。
とくに目的地を決めなくて乗ってるだけで気持ちいい。
乗換え駅で時間があれば駅のあたりを偵察。
箱入りの土産品ではなくて地場産品を買い求める。
ボックス席であれば飲食。
18切符は年三回売り出される。

板張り水路から湯船に直接湯が落ちる。
打たせ湯。

「コンニチハ」
「日本のスパはベリーグー」
「ボディー生き返る」

外人さん!?。
どっから来たの。

「アメリカからクリスと申します」
「日本を歩いて旅してます」

へえ。
こんなとこまでよく徒歩で来たもんだ。
でも、昔の人はかれとおなじようにしてやってきた。
バックパッカーなんだね。
人懐こいから気軽に話しかけてくる。
自撮棒を使って自分の動画を撮影。
あ。濡れちゃう。

「防水加工されてます」
「GoProのカメラ」
「バスに沈めてもOK」

そういうのあるんだ。
日本人は恥ずかしがり屋なので自撮するひとは少ない。
外人さんは平気で自己開示。
文化の差。
日本にきた目的はなんだい。観光!?。

「ほんとうの日本を探しています」
「母国とはまるで異なります」
「アメージング」

だろうな。
アメリカ旅行したことはないが、自分がアメリカ旅行すれば
見るもの聞くもの興味津々だろう。
西洋人にとって自分探しのようなヌルイ発想はなかろう。
かれらの世界では確固たるアイデンティティーは必須。
どうやって身につけてるのかしら。
自己主張するうちにひとりでに形成されるのかも。
こういうのって質問しづらいが。
ズバリ聞いてみるか。

クリス。
君のアイデンティティー。教えてくれない。

日本人にはそういうの希薄なんだ。
それにあるのかどうかさえ定かでない。
外人さんは、日本人を昆虫のアリのようでなに考えてるか
理解不能な人種だとおもってる。
当の日本人でさえ、自分が何者かというのを説明できない。
そもそも誰か他者に説明する機会さえない。

「私はナバホ族というアメリカ先住民」
「自分の出自に誇りを持っています」
「両親の両親、そのまた両親と先祖をたどれます」
「それぞれの先祖がどういう人であったのか」
「口伝えで教えてもらいました」
「私に子供が生れたら同じように伝承します」

「私の、先祖の、ナバホ族の、アメリカ合衆国の、
信仰宗派のアイデンティティーなど」
「それぞれをきちんと言語化」
「はじめて一人前と認められます」

そういうことか。

自分の場合、系譜は祖父母まではたどれる。
といってもかなり曖昧で心もとない。

自己紹介するときって。
どこにセールスポイントをおくんだっけ。
パスポート取得して外国に仕事しにいったとする。
外人は日本のことを何もしらない。
そういう異国人に対して自己アピールするにはどうやればいい。
学歴や業務経歴はアイデンティティーとして通用するんだろうか。
これこれの資格に最終学歴。なになにの仕事に従事。

自己紹介は、ものの60秒で終了するに決まってる。
聞く方にしてみれば、そんなアイテムはどうでもいい。
お前は一体何者なんだというのがしりたいはず。
趣味といってもこれといって特質になるものはない。
自家用ジェット機の操縦とかであれば、覚えてもらえるかもな。

過去を見渡してみれば何もないに等しい。
もしかして、普通の日本人にはアイデンティティーというものは
備わっていない。だから外人さんは日本人がロボットにみえる。
なんたることか。

自分だけでなく、一般の日本人にはアイデンティティーと
呼べるものは存在していない。
説明責任を果たしてないどころか。
説明不能では「無」だよ〜〜。
墓碑に無の文字を目にするのは偶然じゃなかった。
不都合な真実
そうであったのか。

必要は発明の母。
日本人には不要なのかもしれない。
アイデンティーが脆弱で困るケースって。
地元在住で付き合うのは地域の人間であれば
さしさわりは感じない。
感じないどころか、逆にじゃまにさえなる。
クリスのような異人と接触する際には必要。
いや、なにも存在証明を伝達しなくてもかまわない。
じゃあ。どんな時に必要になるだろう。

方言はほぼ失われて日本はおろか世界はフラットになりつつある。
辺鄙な温泉でさえクリスのような異人がやってくる。
ほんとうの日本を探したいという。
この温泉とて日本古来のひとつの形態である。
湯船で妄想しながらクリスと会話を楽しむ。

一期一会。
平凡な頭を駆使して彼のことを聞き出している。
日本人とアメリカ人を軽めに比較。
薄ぼんやりながらイメージング。
かれは自分とは何かをはっきり主張した。
日本人だとベールに隠してしまう。
ミニスカートとロングスカートの違いのように。

中身うんぬんより、スカートの長さやデザインや生地や色など
ファッションのほうが大事なのかもしれない。
誰しもスカートの下はそんなに大差ない。
日本文化はパッケージというか入れ物にこだわる。
見栄えというか見栄というか。
中身がスカスカなので入れ物を重視するのかしら。

存在証明とは、饅頭でいえば皮よりもアンコの部分。
どこで誰が育て、なんという材料で、どうやって作成されて、
どこを経由してこの場にやってきたのか。

大量生産の饅頭だと機械による自動生産。材料は海外産。
存在証明はうかがいしれない。

発生から現在までポイントポイントで顔がみえるか否か。
順を追って物語れるか。
だれかに語る機会を持てなければ忘れてしまう。

ねえ。クリス。
アイデンティティーが希薄なアメリカ人はいるの!?。

「う〜ん」
「どうかな」
「考えたことない」
「子供や病気の人だけかな」
「なんでだい」

ちょっとね。
なんともヘンな具合になってきた。
のぼせるからここらで風呂からあがろう。
とりあえずビール。
 

齋藤ゼミ 「才能」に気づく19の自己分析

齋藤ゼミ 「才能」に気づく19の自己分析