守破離::1Q59

幸福とはココロの状態にある

捨てる神あれば拾う神

反応が遅い。しだいに遅くなる。
しっかりしろ。目をあけろ。大丈夫か。
いつものことだから心配してないけれど。
このままの状態で見守るか。
どうしよう。

あれまあ。口から泡を吐き出してる。
ゆすってみる。
うんともすんともいわない。
下から液体が垂れている。

こうなればボクの手には負えない。
救急隊を依頼したいが何番だっけ。
119番かなあ。

「火事ですか。それとも救急ですか」
救急です。
「どんな症状ですか」
口から泡を吹きながら倒れて、どうも意識がないようなんです。
「場所はどこですか」
自宅です。
「すぐに向かいます」
「サイレンが聞こえてきたら救急車に合図してください」

やっと気づいたね。
ここは病院のベッドだから安心していい。
ストレスのせいでパニックになったのかもしれない。
すぐさまMRI撮ってもらった。どこにも異常ないらしい。
この際だからゆっくり腰をすえて検査してもらおう。

「うん」
「なんか意識もうろうとして」
「わけがわからなくなった」
「救急搬送されたの!?」

こっちもビックリして、そのままほっとくわけには
いかないでしょう。
あのまま、お前が昇天したらボクはひとりぼっちに
なっちゃうからね。

「ありがとう」
「薄ピンクのパジャマ」
「これはあなたが着せてくれたの」

病院の人。
ここは一日いくらでバジャマをレンタルできるんだって。
広く開いた七分袖。前はヒモで結ぶだけ。
スムーズに診察、処置、検査が行える。
通路や採光窓はどこも大きくゆったり設計されてる。
しかも閑静なので居心地よさそう。
必要なものは売店にあるから便利だよ。

どう、お腹すいてない。
売店からなにか買ってきて食べさせたいけど。
そんなことすれば怒られるもんね。
腕にはチューブ。点滴されて、下には尿管が取り付けられてる。
デキストリンかリンゲルで血液はクリーンになるはず。

「あらまあ」
「尿が垂れ流し」
「膀胱までホースが刺さってるのかしら」
「力んでみるとへんな感じ」
「ガサガサするとおもったら」
「紙おむつ」
「赤ちゃんみたい」

そうさ。赤ん坊になったつもりで養生すればいい。
上膳据膳。お姫様。

こういう清潔な場所で産声を上げて、ひっそり終焉していくのさ。
とてつもない大きな力がかかわっている。
自分の意思なんてちっぽけな笹舟のごとく。

「嵐もあれば、なぎもある」
「昔の歌詞みたい」
「あなたがいてくれて心強い」

お互い様。
入院病棟にはいろんな人が出入りする。
たぶん、話の通じる人と知り合えるよ。
身の回りでいるもの言って、明日の午後にもってくるから。
早めに就寝しなさい。今日はこれで帰る。

心配ご無用。
グッドラック。

ほんとなあ。
思いもよらないことの連続。心労で破裂寸前だった。

いろんな人に迷惑かけてしまった。
あたしって悪者。やっかい者。クズ。
卒倒したとき、意識がもどらずに天に召されればよかった。
そうすれば、悩みもなにもかも消失。
すぐ忘れられてカケラさえ蒸発。

しかし、そうならずにすんだのは、あいつが語っていたように
個人の力なんてはるかに及ばない強烈な意思のたまもの。
あたしのようなゾウリムシ風情がどうあがこうと無関係。

なるようにしかならない。
なるようにしかならないのであれば。
あせってどうなるものでない。

死に直面すれば、誰しもこれまでの人生を振り返り、
これからの人生に思いを馳せる。
一度や二度は経験する通過儀礼なんだろう。
これであたしも大人の仲間入り。

その手の事柄を記述した書籍は山のようにてんこ盛り。
今か今かと読まれるのを待ち構えているが、
なかなか手にとってもらえないのが現状。
だって辛気くさいうえに実感を伴わない。

おびただしい数の情報がアーカイブされていまに至る。
ゾウリムシのあたしだってわずかであるが目は通した。
なんかの役に立てればよかったが、ゾウリムシには
役に立てることはかなわなかった。

しかし、まだゾウリムシの心臓は脈打ってる。

尿管からオシッコがながれ、ビニール袋は満杯。
しっかり黄色い尿を確認できる。
腎臓だって子宮だって不平をいわず機能してるはず。
ブザーを押せば看護婦さんが来てくれる。
文明社会の恩恵にあずかってるのだ。

当たり前のことのようにみえても当たり前とはちがう。
ただ気がついてないだけ。
なにもかもがつながって連動している。
病室の照明だって、あたしの臭い排泄物だって
宇宙の連環なのだ。
そこに気づくか気づかないかの差。

たとえ気づいたからといって
なんらかの役に立つような性質のものではない。
気づいたあとが大事なんだと思う。

もしかして、あたしが自分で死を選ばずに済んだのは
先人たちが残してくれた情報遺産に興味を抱いて
けっこうな時間と金額を投下したせい!?。

この気持ちを「神の啓示」と呼ぶのかしら。
なんとも妙だが、とても晴れ晴れしてるのは事実。

そうだ。そうだとすればうなずける。
やっと気づいた。気づいたからにはゾウリムシのままで
いるわけにはいかない。

「こんにちわ」
「どうだい調子」
「顔色いいね」
「アンコモノ買ってきた」

「捨てる神あれば拾う神あり」
「気持ちを切り替えるには絶好のチャンス」
「病室のひとに配るよ」

捨てる神に拾う神。
神さまといえど多種多様。
手でなぞってみると、ふたつの字はそっくり。

ゾウリムシのままであれば、
あたしは誰かに捨てられ、誰かに拾われる。
ゾウリムシを脱皮すれば、
あたしが誰かを捨てて、誰かを拾う。
どちらにもそれなりの理由がある。

アンコの生菓子はイケル。
熱い緑茶にぴったり。
あいつはあたしの好みを熟知してる。
鈍感なあたしとは大違い。気が利く。

アズキ、白あん、ゴマ、うぐいす。
最中もいいけど羊羹もいい。
こういう茶菓子はひとりでいただくより
他愛ない会話に花をさかせてつまむにかぎる。

ふううう。ため息というか。安堵が漏れる。
相部屋だと気は使うけど、人間模様がすけてみえるのがおもしろい。
お見舞い客が大勢くるのは田舎の人。
まったく誰もこないと気持ちは沈みっぱなし。
治るものも治らない。
窓側のお一人さん。声掛けして雑談に誘うつもり。

例外はあろうが、捨てるのは悪い神に属し、拾うのは良い神に属す。
おおまかに二分できる。

捨てる神は、簡単にポイ捨て。粗雑に扱われた物や人は壊れやすい。
自分の利益しか念頭にない。

拾う神は、大切に使うので捨てることはめったにない。
拾った物や人は、きれいに磨いて再利用。
新たな生命を吹き込む。

自分が自分自身に嫌気をさして自分を捨てる場合さえある。
自暴自棄になればますます自分が嫌いになる。
負の連鎖を断ち切るには自分で自分を拾えばよいが、
これまた嫌いになった自分を好きになるのは難しい。
どうすれいいのか見当もつかない。
拾う神に出会れば幸せだが、ことはそううまく運ばない。

あたしのように「神の啓示」にめぐりあえれば、なんとか
なるかもしれないが、気持ちだけ高揚しても仕方ない。
現実的なアプリケーションを製作するなりして常時起動
してやらなければならない。

生きるのはめんどうなのだ。
めんどうなことを引き受けるのが生きることなのだ。

エントロピーとの闘いといえばおおげさだが、生命とは
負のエントロピーを正に変換してやることだとおもう。
自分から取り組まなくては垢まみれでやがて機能不全に
おちいってしまう。

自分で自分を拾う神に変身。
もちろん他者に対しても同様。
気張らずに手をつけやすい部分からアクション。

あたしはもう非ゾウリムシ。
拾う神として生きる。
拾う神として生きることにしよう。

いわゆる怪我の巧妙かあ。
一刻も早く退院したいが油断禁物。
あせっては元も子もない。

もうひとつ口にほうりこむ。
舌の上で甘味がとろける。

 

女子とニューヨーク

女子とニューヨーク