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ミニマリスト

猫のつぶやき :: 生きてるだけで尊くありがたい

天使が家にあらわれた

創作

寝ぼけ眼をこすって確認。
頭上に金色の輪っか。背中には白い羽。
なんじゃ。
どうしてオレの部屋にいるんだ。
幻覚を見るなんて、とうとう気がふれてしまった。

人形っぽい。丈は50センチ程度。

「エンジェルだよ」
「そこの人」
「聞こえてるかい」

んん。しゃべるとは。音声機能を内臓してる。
無線LAN付きということなのか。
いたずらにしては手が込み入ってる。
ナスの奴が隠しておいて動き出したんだな。

あいつらしい手口。
適当に相手してやるか。
こちらの声をマイクで拾ってるだろうから。
どうせスカイプのヘッドセットでもしながらオレの
動向をモニターしてるはずだ。

「用件があるから耳をかっぽじりなさい」

はいはい。なんでしょう。天使さま。

「大晦日の深夜零時になれは終了」
「あと約30日」
「取り消し不能」

なにが終了するんだい。
ナスとなにか約束してたかなあ。
天使人形の電池寿命はひと月なのね。
それまで遊んでいられるって寸法。
いいね。いいね。

「やり残したことがあれば済ませてください」
「その時間にあわせて迎いに伺います」
「了解しましたか」

電池交換まで会えないのは寂しい。
自分で交換するから心配しないでよ。

「あなた様の生命はそこで完全終了します」
「これは決定事項なのでどうにもなりません」
「私はメッセンジャー
「用件を伝達するだけ。すぐに帰ります」

ちょっと待って。
聞きづてならないことを言うじゃない。
それってもしかして、このオレはもうすぐ死ぬっていうこと。
冗談にしては笑えないぜ。
怒るよ。ほんとにもう。

ジョークだと思いたいのはよく理解できます」
「しかし、これはまぎれもない現実です」
「天使だってこんな役目はごめんこうむりたい」
「けれども」
「仕事なのでこうして対象者を一軒ずつ訪問」

「復唱します。年末の深夜零時きっかりです」

どうも解せない。納得いたしかねる。
なんでオレが死ななくちゃならないんだ。
まだピンピンしてるのに。
なんなら出して見せようか。アソコ。

「からかわないでください」
「伝える側もつらいんです」
「死を宣告されて動転するのは当然です」

「個人的な感想を言わせてもらえば」
「なにも知らされないほうが幸せだと思います」
「できれば」
「手紙でも書き置きして逃げたい」

心の準備をせよって警告。あのな。
四十代半ばで、しかもシングル。
人生の60%過ぎたとしてもこれからまだ先は長い。
ちゃんちゃらおかしいぜ。

表札は確かめたのか。

「何かやり残したことはありますか」
「異性とやりまくりたいとか」
「嫌いなやつを殺したいとか」
「世界一周したいとか」

せめてもの救いは両親はすでに他界。
一人っ子なので悲しむ親族は皆無。

どんよりした空気。ときおり咳払いが響く。

うな重にサキイカに吟醸酒を注文。
薄暗くて簡素な個室でひとりぼっち。
父か母に逢いたい。
号泣したいがもう涙さえ枯れてしまった。
ふたりの笑顔が浮かんでくる。

顔なじみの牧師とラストの会話。
お世話になった礼に形見の品を献上する。
これから関係者などが見守るのかどうかは不明だが
安楽注射を打たれて神のもとへ旅立つ。

取り乱す者もいれば冷静な者もいる。
人間が人間を裁くなんて間違ってる。

凶悪事件を起こした報い。とはいえ、刑にたずさわった者は
地獄に堕ちるにちがいない。しかし。
「被害者の側に立ってみろ、被害者の無念を想像してみろ、
矯正できる見込みなんてあるはずない、死をもってつぐなうしかない、
それが法治国家に住む被害者の権利だろうアホンダラ」。
無言の圧力を感じる。
いきり立ってる相手に反論しようにも反論しかねる。
反論してもどうにもならない。

人間社会はルールでがんじがらめ。
制定された運用立法をくつがえすのはきびしい。
刑務官にしても生活のためと割り切ってる。

一から人生をやり直したい。
時間のネジをくるくる巻き戻せればいいのに。
最後の晩餐なんてひどすぎる。
それもたったひとりでポツンと手酌。
味もなにもあったもんじゃない。

助け舟を出して。お母さ〜ん。お父さ〜ん。
こんなふうな結末なんて。あんまりだ。早くここから救出して。
なんでもやりますから。お願い。ねえ。

ドンドン。お〜い。看守。お〜い。

おっと。オレはなにも罪はおかしてない。
ここは刑務所ではなくて自宅。
われにかえったが、やはり天使は目の前にたたずんでる。

天使だって上司の支持に従う真面目な担当者。
心情は察するにあまりあるが。

まさか自分のとこに執行官が訪れるなんてなあ。
こっちは平々凡々な小者なのに。身分とは無関係。
割り切ろうと余りがでようとどうすることもできない。

やり残したことねえ。猶予はひと月。
すぐには思いつかない。

あのさあ。ナス。いいかげんにしろよ。
こんなことして人間性を疑う。
ストップ。

「まだ信じてもらえないようですね」
「それはそうです」
「信じろというほうがどうかしてる」
「信じてもらわなくとも結構」
「私はメッセンジャーにすぎません」

「じゃあそろそろ」
「次の対象者のもとへ向かいます」
「あなたに会えて光栄でした」
「さよなら」

サヨナラって。こら。待てよ。
消滅・・・
影も形も匂いもない。どこだ。天使野郎は。
ものすごい眠気が襲ってきた。
夢の続きにもどるべえ。

「ジリリリ」
「あたし。おはよう」
「声が聞きたくなったの」
「昨夜、へんな夢を見てさあ」
「あんたが助けを求めてきたの」
「顔面蒼白だからビックリ」
「それでこうして電話したわけ」
「元気!?」

うん。なんとか生きてる。
声が聞けてよかった。ありがとう。
悪夢だったのかい。

「いえいえ」
「あんたは全身びしょ濡れ」
「服を脱がせて拭いてあげた」
「そしたらさあ」
「あんたのアソコ」

もっこり霊体移動していたとすれば。
妊娠してるかもしれないぞ。
じつはオレもへんな夢にうなされて。
未来の予言とでもいうべき感じ。
天使が家にあらわれたんだ。

「へえ」
「夢って妙なもんだよね」
「正夢になったことは」

これまでには経験してない。
吉兆幸運ならば大歓迎だがなあ。
気にかけてくれるのはナスだけ。
それじゃあ。またな。

ナイスタイミングの連絡だった。
現在の生活に満足しておれば、慌てずにラストデーまで
そのままのルーチンで一向に差し支えない。

でも、そこまで平常心を保てる自信はない。

天使のいう通り、やりたいことをリストアップして
優先順位をつけてボードに張り付けておこう。
オレがやりたいことって一体!?。
アンポンタンでも実行可能であるのが前提。

だが、天使の言うのがもし本当ならば。

こうして呑気に悠長にかまえていいのか。
カッチカッチと時計の針は進む。
あまりあせると気が変になっちゃう。

ナスに打ち明ければよかったな。

最大の危機。
エマージェンシーアラーム起動。
どうする。どうすれば最適。
自分一人でかかえても、らちがあかぬ。
過呼吸になってきた。

とりあえず平常心。深呼吸。ゆっくり、吐いて、吸って。
落ち着け、落ち着くのだ。

リドリー・スコット監督「ブレードランナー」。

寿命四年だかのロボットが死を回避したくて反乱。
ハリソン・フォードの警官が阻止に駆り出される。
なりふり構ってられない人間型ロボット。
どんなに悲嘆にくれたのか。同情。

ヴァン・ゲリスのサントラが押し寄せる。

原作は「アンドロイドは電気羊の夢をみるか」だっけかな。
フィリップ・K・ディックによる古典SFの傑作。

この年齢になれば、親戚の訃報にはことかかない。
郵便ポストには叔父叔母が続けざまに物故した旨の一通。
なんとも奇遇というか。

手応えのある虫の知らせは現実になりやすいという。

今回はナスとの共夢の様相。
それでもやはり気にかかる。
気になってしょうがない。

そうだ。一計を案じるより生むが易し。
血縁を全部廻ってみるのはどうだろう。
最後の結婚式に参列したのはえ〜と。
そうとう前なので従兄弟連中はどうしてるかなあ。

すぐ取りかかろう。
老けた顔に接すれば気持ちの整理がつくかもしれん。
だいたい従兄弟といっても話したことすら忘れた。
思い立ったら吉日。

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