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ミニマリスト

猫のつぶやき :: 生きてるだけで尊くありがたい

星の巡礼旅

いつも相手してくれてありがとう。

こんなことを誰かに話すのは最初で最後かもね。

あなたは聞き上手だからわたしの両親や姉のことは
まえに話したわよね。他愛ない世間話じゃなくて
家族のことやわたしの過去のことまで隠さずに話した。

美術館でアルバイトしてたときにイジメにあって
ひどいことを言われたの。そこはね。湖に面した閑静で
とても雰囲気のよい場所だから、まさか美術館のひとが
あんな言葉をわたしに投げかけたなんて今でも信じられない。

あなたは言ってたわよね。

お花好きできれいに手入れされた庭自慢の人ほど
なにかの拍子で激変してまったく別の顔に変貌するって。

表面をきれいにつくろうタイプには警戒せよとね。

それから調子がおかしくなって人前に出るのが
怖くて、家から外に出れなかった。

自律神経がまいったのかもしれないけど
やっと以前の状態に戻ってどうにか安心した矢先。

今度は免疫障害があらわれて不治の病にかかった。
残りの生存期間は5年だと専門医に告げられた。

原因はなんだか分からないけど、あのときのイジメが
きっかけなのか、もともと遺伝子に欠陥があったのか。
わかったところでどうなるものでもないしね。

せめて体を鍛えてすこしでも生きながらえたい。

毎日、10キロぐらいウォーキングするように心掛けてる。
こっちは冬になれば、積雪がすごいから歩けるのは
春から秋まで。あるくのがクセになった。

あなたは絵が好きでしょう。

どれが一番いいのってあなたに聞いたとき
好きなのはたくさんあるから迷うって答えた。
あなたの口からでた画家をひとりずつ取り上げて
好きな理由を語ってもらったわよね。

パウル・クレー

わたしもクレーが大好きで、どの作品がいいのって質問。

すかさず「黒の王子」って。

「黒い殿様ともいうんだけれど殿様って翻訳だとなんか変。
日本の画家じゃないんだからね」

ふたりして大笑い。
あなたはいつだってわたしを笑わせてくれる。

寓話風モチーフで絵本の挿絵みたいなのや
中東や北アフリカに旅したときの抽象化されたピラミッド。
特異な画面を凝視してればクレー世界に引き込まれる。

どちらかといえば、ヘタウマっぽいのが特徴。
対象を丸とか四角とかデフォルメしてあっさり描いてある。
小学生のスケッチに毛が生えたみたいな出来。
それなのに訴えかけてくるものはなんだろうね。

美術に興味ある男の人は珍しい。

わたしは石のことはちょっと詳しいの。
無機質なミネラルだけどわたしを守ってくれる気がする。

指輪とかネックレスなどを製作してブティックに卸して
お金をもらってる。つくる量が量だからたいした収入には
ならないけど、購入したお客さんが喜ぶのが嬉しい。

石を身に付けてるとね。

生身の自分から変身した気がおきる。
首からぶら下げるだけで心身が調整されるのよ。
河原や海岸あたりで拾ってきた石を自分で加工して
金属の留め金まで自作できればいうことないんだけどね。

溶鋼、鋳造、板金、溶接、研磨、吹き付けなどの工程。
そんな技術も設備もないので素材パーツが外れないように
締め付けたり、せっせと糸にとおしたり、ちまちま手工芸。

どうお。エビチりの味。

こうみえても料理は自信あるよ。

分厚いクレーの日記。あれ読んでみたらね。
かれの絵を収蔵してるヨーロッパの美術館めぐりしたくなった。
わたしね。まだ海外旅行にでかけたことないんだ。

メルヘン街道なんてロマンチックでよさそう。
民宿に泊まりながらレンタカーでゆっくり羽をのばす。
あなたはえ〜と「星の巡礼旅」がなんとかって話してたわね。

旅人の目印はホタテ貝。

巡礼バックパッカーはリュックにホタテ貝をぶらさげて
要所に埋め込まれたホタテ貝を地図代わりにする。
外壁や道路に貝なんて化石発見みたいで楽しそう。

時々、エレベーターのまえで床に目をやれば大理石の
切断面に閉じ込められた化石を見かける。
あそこの建物はアンモナイトだらけとかって記憶。

プリミティブな仕掛けがほどこされてユニーク。
巡礼者専用の安宿があって世界中から善男善女があつまる。

古い歴史があるんだね。

長い道のりをてくてく走破して目的地の教会をめざす。
星の巡礼ロードかあ。訳アリの人々には国境はない。
ホタテ貝の形が星を意味するわけね。

美の女神ヴィーナスはホタテ貝に乗ってやってくる。
あなたはルネサンスボッティチェリがナンバーワンだものね。

目をつぶって想像。

わたしは信仰すら持たない。それに非クリスチャン。
欧州の神さまに救いを求めるなんて都合がいいよね。
いくら苦しいからって。

一日のおわりに布団のなかに入り深呼吸する。
無事に今日生きていられたと感慨にふける。
朝になって目覚めたときは、よくぞ目が覚めてくれたと
これまた感謝。感謝ばかりして暮らしてる。

誰に感謝してるのでもなくて、ただひたすら感謝。
こういう気持ちは理屈じゃないの。
自分をとりまく周囲の環境がすっかり変質したのではなく
わたしの感受性のほう。もうもとにはもどれない。

「祈り」切実な祈り。

手にとるもの。目にみえるもの。耳に聞こえるもの。
すべてにご縁を感じてしまう。
といっても良縁ばかりではなくて反対の縁だって存在。

でも。でもね。あなたと出会ったのは偶然かもしれないけど
その偶然を大事にしたいの。ひとりの人間が一生のうちで
めぐりあえる人の数なんてたかがしれてる。

クレーの絵本

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