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ミニマリスト

猫のつぶやき :: 生きてるだけで尊くありがたい

フィレンツエの三賢人

なあ。ボッチ。こうして手に握ったノミで岩を削るのがオレの仕事。
おまえの仕事は、板に張り付けた麻布に筆で絵の具をぬりたくる。

もっと楽な方法を探すつもりでダヴィの奴に相談してみたんだが、あいつはなんて答えたとおもう。ダヴィはぶっ飛んでるから少々のことでは驚かないが、今回はあまりに予想外で開いた口がふさがらなかった。

「ごく普通に使用してるノミのような道具だって、完成したのはそんな昔ではないのはわかるだろう。こういうのは手を延長させたものでいくら頑張ったとしても彫れる量は限られている」

「将来は電気というものが発明されるんだ」

なんだい。その電気とやらは。

「目にはまったく見えない。見えないんだが、存在して流れている。触ればビリリとしびれる。こいつが水車をまわす水流の役目を果たすのさ」

川みたいなものか。

それで水車をまわして粉をひくとすれば便利だな。
牛を使った牛車よりも断然いい。

「それでミケ。道具はさらに進化して機械というものになる。三次元印刷機なるものでどんなものでも彫刻可能。思い通りの形をあたえさえすれば、機械が忠実にまったく同じものを作成してくれる」

なんじゃ。それだとオレやボッチは失業して飯が食えなくなる。

電気も機械も印刷機もいらん。
逆に仕事を奪うから俺達の敵。

人力の手作業が一番いいってことになるのか。

オレって筋骨隆々のダビデ像みたいなのが好きで好きでしょうがない。
ダヴィは、ふくよか女体の微笑みであたまがいっぱい。
オレと違ってインテリだしさ。

目にはみえないのに流れているとは、風みたいなものかな。
風だって目にはみえないが、風車として使いみちはある。

今、ダヴィがあたまのなかで何を考えているか目にはみえない。
オレ自身のあたまのなかだってオレ本人さえみえない。

釈然としないなあ。

おまえさあ。遠くがのぞける筒みたいなものを試作しただろう。
望遠鏡とかいう道具。
あれは目を延長させた道具だよね。
未来は、頭のなかまで延長させることが可能ってことだ。
足を延長した乗り物があればなあ。

教会の束縛に嫌気がさしてギリシャ文化のいいところを
取り込もうという運動には大賛成。でも昔にばかりとらわれるより、
ダヴィみたく未来に目を転じるってエキサイティング。

そうそう。

東洋からやってきたおかしな格好した団体が歌を披露。
「冷静と情熱の間」って云ってたが、冷静と情熱の間を往復すれば
電気が生じるってありえないか。

冷たいのと熱いものを相互にいれかえる。
新しき触媒はパッションとテクニックのぶつかりで発生。
これは美の生産現場だけの現象にかぎらないけどな。

製作のうえで大事なのは両方で、片方のみだと失敗。
失敗したらやり直しはきかない。
絵画だとごまかしは可能でも、彫刻のばあいはきびしい。

男にしか興味がわかないオレ。

しかし、オスとメスが出会うことで子供がうまれる。
親がオレみたいだったら親の代でジエンド。
ここにオレが存在するのは両親が出会ったから。
父母や先祖に申し訳をたてるには、子作りと子育てにはげんでこそ。
オレみたいなのは自己否定まっしぐら。

あとでさあ。女を紹介してよ。

食わず嫌いだったとしたら損だし、偏りを解消して
双方を味わえばさらにエネルギッシュになれる。

子孫を残したい気持ち。

こんなのはじめて。
ボッチのようにヴィーナスに挑戦したくなるかもね。

あいつの「春 ラ・プリマベーラ」。
工房でみさせてもらったときは震えがきた。
これまでお目にかかった女神の常識をくつがえした。

人物と構図と背景はそれぞれパーフェクト。
なんかね。
画面から鳥のさえずりとか楽曲が聴こえてくる。
言葉でつくした神話を視覚に置き換えたというより
ボッチからわきいでた神の恩寵だとおもう。

後世までフィレンツの宝として受け継がる。

真っ赤に燃える夕焼け空にコウモリ数匹。
よくもまあ、ジグザグに飛べるもんだ。
ダヴィは空飛ぶ乗り物の原案まで考えたよなあ。

彫刻は夕焼けを入れたくても挿入不可。
人間や動物などのオブジェ造形だけ。
その点、絵画は想像の翼を広げてなんでも描ける。

あのお。ダヴィ

今度でいいから背中に刺青を彫ってほしい。
さっき話をしてもらった電気を形にしてあらわしてくれ。
そうすれば、オレのなかに電気が注入されるとおもう。

あっけない。もう夕焼け終了。

電気があれば、ランプよりもっと明るい光を取り出せる。
昼夜のくべつなく仕事に専念できる。
おまえって突飛なアイディアをつぎつぎにおもいつく。

男と女がいるから子供がうまれる。
子供は、父母の愛の結晶。生命の源泉は産めよ増やせよ
教会のやつらのことばを借りれば、摂理なんだろう。
真理といってもいい。

真理をないがしろにしてきたオレは教会からすれば異端。
火あぶりにされかねない。
そうなれば大天使がラッパを吹いても復活できない。
魔女の烙印をおしたりして教会の権威をたもつとはな。

どうも教会になじめない理由はそこなんだが、
間違っていたのはこちら側で、なにもそんなにツッパらずに
正々堂々と男女の愛を営み、結果として子孫を反映させるのが
神の御心にかなうわけなんだね。

それなのに教会のやつらときたら一生独身を通さなくては
ならないなんて矛盾はなはだしい。
質問してもなんやかんやともっともらしい理屈をこねる。

神をダシに使いやがってさ。けしからん。

「まあ。そんなに興奮せずに」

「だいたい神なんてのは妄想の産物。聖書とて誰かが記述した物語。天使とか復活とかいわれても、ミケやボッチの作品みたいなもの。作品はたしかに存在してはいるが、そこに描かれたものが実際にあるかどうかなんて怪しい」

そうだよねえ。

イエス様にしろマリア様にしろ実在したかどうか。
こうしてふたりで話してるのだって、
明日になればほんとうか定かではないもの。
しかも再現不能でしょう。
真実ってなにかと問われても混乱するだけ。

バイブルに書かれてる事柄って小さい頃から刷り込まれているからね。
疑えば冒涜として処罰。

しつこく詮索すればバチ当たりとバッシングされて追放。
疑いをもたない盲目な信者であれば平気で密告。
オレなんて何度ひどい目にあわされたか。

「だいぶ酔ってるな。そろそろ帰ろうか」

 

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